テーマトーク合意形成 season VI 9/2

コラム紹介

AA:今日のテーマトークは「合意形成」について。この議題を提案してくれた人にちょっと振り出しをお願いしたい。

 

BB:ありがとうございます。手元に昨年の中学校「公民の教科書」があるので、そこに記載されている合意形成の箇所をまずは紹介がてら読んでみたい。

 

「多様な意見が対立したとき、私たちはどのように合意に達することができるのでしょうか。まずは、やはり関係するみんなでよく話し合うことが基本です。話し合いのときに大事なことは、人の意見をよく聞くこと。そして自分の意見をしっかり述べることです。そのうえでの合意で有れば、自分たちで決めたことですから、みんなで守ろうとする気持ちになるのではないでしょうか。話し合ってもなかなか合意できない場合、全員一致にこだわれば1人でも反対すると合意できないことになります。そこで良く用いられているのは、多数決という方法です。」

 

・・・私たちが教わってきたのはこの程度。合意形成について学んでいない。これでは話し合いの結論に満足しない。私たちが、集団の意思決定に納得できないのは、ここに不足があるからだと思う。

 

 

CC:パターンがいくつかある。妥協を合意形成とする場合、それから論破。数の力で押し切る。形成された後がウィン=ルーズなのか、勝者も敗者もなくて6割満足なのか。これの二パターンで考えることなのではないかと思う。

 

DD:中学の公民の教科書だけじゃなく、形式的な民主主義、数の力がモノを言う。そして勝ったものが全てを取る。言い訳めかしい民主主義に、多数支配の論理の摺りこんでいるだけ。あまり知られていないことだが、OECDのPISA調査で、新しい合意形成のありかたという分野の学習科目がある。日本はこれに参加しなかった。AもBも入れ込むCという合意形成を導いている。日本だけでなく批准しているところが少ない。全体として出来ていない国がある。葛藤があるときにどう合意形成するのか。実際には多数決に陥りがち。これが楽、めんどくさくない。多数決が教育の現場でも合理化している

 

AA:多数決というカタチと、少数者による暴力的押し付けと、同調圧力。あいまいにするかたちにして、だれも傷つかない形で合意の形にする。このパターンも検討が必要

 

EE:よく話し合って多数決というのでは大きな問題。話し合いの技術について触れていない。「よく聴こう」じゃなくて、話し合いの技術に対して、科学の分野のエッセンスを入れていくことが大事。ところがその技術には一文の言及もない。交渉も固定パイの取り合い以外にも、創造的問題解決もある。何を目指してどうするのかの技術論を教える機会がないまま大人になることへの危機感がある。

 

DD:合意形成については一部技術論的なものを教育に取り入れてある。国語で「話し合い活動」が取り上げられている。これは昔のイメージの国語ではなく、話し合いのしかたが紹介されている。授業ではこうした様式の中でやっているが、ただ、実際に日常での合意形成に繋がっているかというとそうではない。いずれにしても技術そのものはある程度は教えている。

 

EE:合意形成の前に(話し合いに至る以前に)事前準備に半分以上そそごうという在り方が大事なのではないか。インテリジェンス、そういうものがあったうえでの話し合い。決める能力がある人だという前提での話し合いであるべき。民主主義は、勉強しているかにかかわらず1人一票ある。この不完全さをうめるべく努力をする。

 

AA:公民の教科書を否定的に紹介されたが、ぼくはよくできていると思って聞いた。まず「聴く」ということを一番最初に掲げているのは重要。多数決は手段だといっている。私はいい教科書じゃないかと思っている。ただし展開が不十分だと思う。

 

FF:多数決が悪いのかどうかは考えもの。少数意見でも多数派への感情にひびけば合意形成に影響できる。好意をもつことも大事。昔見た映画に「怒れる12人の男」という話が合った。あれが合意形成の基本ではないかと。

 

EE:「12人の優しい日本人」という映画もある。そこには話し合いの技術のなさが見て取れる。話し合いでどこまでよく聞いて、(そこから技術があって)最終手段の多数決、そういう理解がいい。それが本質。他国では、「そんな大事なことを多数決で決めていいのか」という反応をする文化もある。

 

CC:技術という話で、共感する部分としない話がある。根回しやインテリジェンスは、お互い合意するよりも組み伏すための技術になりがち。合意と同意は違う。伝えるとかの思いは違う。不完全はキーになる。

 

GG:自分の中で、切り分け、オールオアナッシングを入れ込むか。ポピュリズムと多数決についてまだ結論が見えない。ちゃんと話し合って、(合理的になったあとに)決めるならいいが、なんとなくで多数決になる。時間軸、充分なとこはどこまでか。そこの切り分けは自分もわからない。決定権があるときに、ゴールをどこにしたいのかを認識したうえで。流されないとか。納得した結果に導くところにいくのが判然としない。

 

AA:合意と同意は違うとあったが、明確に線を引くことはないが、明確な意思が違う場合と、あいまいさがあるとき、同じ合意形成でも違うエリア。どっちを議論しているか。

 

BB:対立軸がはっきりしているのは交渉という分野になるのではないかと思う。ここでは、あいまいさがある人を交えた合意形成について議論したい。

 

HH:対立軸がはっきりする場合も合意形成プロセスがある。コンフリクトレゾリューションというものがある。国全体とか地域全体とか。が今日の話題。どちらも、重要なのは納得感。プロセスを明確化する。プロセスについて合意した上での合意形成。プロセスがはっきりしていればある程度納得する。裁判がいい例。プロセスが不明確でははっきりしない。汚染処理水の問題で、東電も経産省の合意形成なしには処理しないと明言した。ところがプロセスが不明瞭でどうにもならない。典型的な政府の失敗例。

 

AA:こんなことを多数決できめるのか!というのはプロセスへの批判だと。

 

CC:大岡裁きの例だと、喧嘩両成敗。決めないことを選ぶ。最近の教育は、話を聞いてとどめる。尖閣もそう。先送りにするというものも一つある。同意できない中で不健全。

 

AA:モラトリアムというものもある。

 

FF:合意と同意だと、同意には圧力があって、納得させられるイメージ。合意は水平。二年間くらい同じ部屋で欧米の人や中韓の人と仕事をしていた。最初はいがみ合っていたが、だんだん同じ部屋にいると、議論はしないが、あんもくのうちに合意するものがあった。そのプロセスは技術なのか感情なのか。

 

CC:同意は共感かも

 

DD:言葉の原理だと、合意は「意を合わせる」AとBが相互浸透して、A’なのかCなのか。「意を同じくする」のが「同意」。いやいやでもなんでも、空気を読んで同意ということもあり得る。同意ははっきりいうと、テクニックじゃない。現実にはそれが大きく支配している。無党派は、そのときどきでかわる。それが国民の大多数。自民党と共産党は合意できないだろう。共産党と公明党(創価学会)が統一的な見解を出していっしょにやろうという時が瞬間的にあった。考えるべきは、どうすれば対立ではなく、一緒にやれるのかを話し合う必要があるのでは。

 

AA:いまの観点では、福島で合意がなければという件は?

 

HH:新しいソリューションを探すというより、意思決定者は国なので、国が実行するうえで、地元や関係者の理解を得たいと、そのための合意が要ると。いっぱんの意思決定ではない。どういう条件が揃えば前へ進むかを明らかにしなければいけないのに、それを明らかにしない。国は理解を得るために全力を尽くしますでおわっている。

 

GG:オールオアナッシングか、交渉かはあるが。どっちにしても判断するときに、お互い何を求めているか、相手の思っている所を汲むことが必要。意見をくみ取る。決めた後に、それでいいのか、ステークホルダーの気持ちとか。強く推すだけでなく、最終的に相手がどれだけ感じるかも大事。そこがカギになる。議論をおわるときがじゃんけんでは不満に通じる。

 

FF:合意と同意で、子どもたちに教えるときに、合意はいっしょにやってみようかなとなるが、同意はどうしても、やらざるを得ないという感覚。子どもたちには同意ではなく、合意を求めるようにしたい。

 

II:おとながこども扱いされている。情報の出し方が、寄らしむべし知らしむべからずの出し方。権力者が居て、その人に従って裁きを受けましょう、というのは最終手段。ふだんは国民一人一人が情報収集して考えて、その前提の人が話し合うのが正しい姿。国際会議が日本人が言っているのが通じない。欧州人がルールを作ることへの危機感が背景。子どもを大人扱いしたほうが合意形成力が高まると思う。

 

DD:基本的には、我々はどういう立場かというと、教育者。IIさんが言ったように、未来を背負う立場の子どもたち。多くの人がやっている、親切に説明すれば納得してもらえるというのは間違っている。対立していたら丁寧に説明しても納得しない。喧嘩両成敗はいまはできない。ある程度ジャッジが要る。ジャッジは日本の場合どうにかなっている。自主的自立的国民を育てるにはどうするかを改めて考えなければいけない。新たな在り方を提供しなければいけない。技術なのかメンタルなのか。きちんとした合意形成を求める。いい手段ではない。

 

AA:公民の教科書の聴くは大事。政府は聴いていない。自分の論理しかない。聴くのは多様な意見を認めるのが大事。足りないのは、意見が違うときは、満足する解を探るところが足りない。第三の道を探す努力を探しましょうということが足りない。

 

DD:きくには、三つある。聞く、聴く、訊く。一番優れているのは質問すること。聞く姿勢が変わってくる。

 

AA:聞けないような設定をするのがいま流行っているのも問題

 

HH:決め方にはいろいろある。決め方を決める。いろんな手段がある。あきらかに対立軸がはっきりしている場合は第三者に任せるという典型的な方法もある。

 

HH:公民の教科書は、あるプロセスではまとまっているが、一部を述べるに過ぎない。繰り返しその問題を発見しながら答えを探る。合意が成り立つためには、ゴールと情報、処理が絡み合う。どこを目指すかは必ずしも明快ではない。仮置きの問題して最適解。時間的制約のなかで、ある段階での合意は形成される。

 

CC:大人は理性的というが、好き嫌いを良しあしに置き換えているだけ。国際的にも利害関係を正当化しているだけ。自分たちが幸せ、相手の幸せ、そういう合意形成を考えたときに実は、子どもはモデルになる。詭弁的な技術論で交渉で駆け引きしても共感にならない。

 

AA:聴く、伝える、第三の道、どう決めるかの決め方。それが基本になるのではないか。ではタリバンをどうするか、福島の問題、こんな難しい問題も、聴く、伝える、第三の道を原則にした場合に道が見えるかもしれない。

 

HH:国際交渉については、不都合な情報を後ろに隠していること、彼らに常識的なものが落ちこぼれる。日本人は無防備。主導権を取れない理由だと思う。

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