サーキュラーエコノミー会計のススメ
サーキュラーエコノミー会計のススメ ――新たな価値の見える化へ
サーキュラーエコノミー(CE)は、単なる「リサイクル」や「ごみ削減」の延長ではない。それは、資源の採取・製造・使用・廃棄という一方向のフローを前提とした経済から、既に社会に存在するストック――使用中の製品、廃棄予定資源、修理可能な機器、共有される機能など――をいかに長く、繰り返し、価値をもって活かすかという、「循環」を基盤とした新たな経済システムへの構造的転換を意味している。したがって、CEは生産と販売を中心とする従来の利益創出モデルとは原理的に異なり、「使用期間にわたる機能提供」や「複数主体による価値共創」こそが価値の源泉となる。
しかし、現在の会計制度は、依然として「販売された瞬間」に価値を計上し、「使われているあいだ」には価値を認識しない。減価償却は時間とともに価値をゼロに近づけ、修理や再利用は「追加的コスト」として記録されるため、循環活動はしばしば「非効率」と見なされる。サブスクリプションやリースモデルであっても、資産評価は物理的劣化のみに依拠し、機能的寿命や社会的便益は勘案されない。
このような現行会計制度の下では、CE型ビジネスは「収益性が低い」と判断されやすく、投資対象としての魅力を欠きがちである。実際、多くの先進的な循環型サービスは、社会的意義や環境貢献の高い取り組みであるにもかかわらず、財務諸表上では過小評価され、スケールアップの資金調達にも困難を抱える。
サーキュラーエコノミーが真に次世代の経済基盤となり得るためには、その新たな価値創出のロジックに即した「CE会計」の構築が不可欠である。これまでの「物を売ることで収益を得る」会計から、「使い続けること、循環させることによって価値を維持・創出する」会計へ。経済と会計の接点におけるこのパラダイム転換こそ、CEの実装に向けた最大の要請の一つである。
1. CEビジネスはなぜメジャーになれていないか
サーキュラーエコノミー(CE)は、持続可能な社会に向けた核心的な経済モデルとして、多くの政策、産業、研究機関において注目を集めている。リニア(線形)経済がもたらしてきた環境負荷や資源制約を乗り越える方策として、CEが掲げる「リユース」「リペア」「リファービッシュ」「リサイクル」などの実践は、理論上きわめて妥当である。だが、現実のビジネスの世界において、CEを基軸とした事業がまだ“メジャー”な存在とは言い難い。多くの循環型ビジネスが中小規模の事業者にとどまり、大企業の主力事業や投資家の主要な関心にはなりきれていない。この現象には、技術的課題や制度整備の遅れもあるが、特に深刻なのは、「会計」がそれに追いついていないことである。
現在の財務会計制度は、「製造して販売する」ことによって利益を得るビジネスモデルを前提として構築されてきた。すなわち、販売の時点で売上が計上され、減価償却により資産は時間とともに価値を失い、在庫や設備などの物的資産の量が経営資源の中核とされる構造である。これは、大量生産・大量販売を通じて資本回収を行うリニア経済においては、理にかなっていた。しかし、CEにおける価値は「モノの使用」や「サービス提供の継続性」に内在しており、「売る瞬間」に価値が完結するわけではない。
例えば、製品を「所有」ではなく「利用」に変換するサブスクリプション型のビジネスでは、製品が販売されず企業のバランスシートに資産として残る。だが、その評価額は通常、購入価格をもとに減価償却されるのみであり、仮に製品の機能が維持され続け、価値あるサービスを提供していたとしても、それは財務上、ほとんど反映されない。また、リファービッシュ(再生)や再製造といった活動は、多くの場合「追加的コスト」として処理され、付加価値の源泉として認識されにくい。このため、CE的ビジネスは「効率が悪い」「利益率が低い」といった誤った印象を与えやすく、結果として企業の経営判断や投資評価の場で不利な立場に置かれがちである。
さらに、循環ビジネスにおいては価値の創出と享受が複数の主体にまたがるケースが多い。リユース品を複数の利用者が共有することで生まれる社会的価値や、製品寿命を延ばす修理サービスによる環境的貢献などは、単一企業の財務諸表では可視化されない。このような価値創出の「時間軸の長さ」と「主体の分散性」は、従来の会計のスキームでは捉えきれない。
加えて、製品使用中に発生する社会的・環境的な便益――たとえば、共有型モビリティによる温室効果ガスの削減や、再利用による資源採掘の回避など――も会計的には無視される。これらはSDGsやESGの視点からはきわめて重要な要素であるにもかかわらず、現行会計制度はそれらを「収益」として把握する術を持たないため、企業価値の一部として反映されないのである。
要するに、CEビジネスが社会的・環境的には合理的であっても、財務的には「非効率」あるいは「不採算」とみなされてしまう構造が、依然として経済システムの中に埋め込まれている。このような会計制度との不整合が、CEの本格的普及に対する見えにくい障壁となっている。
だからこそ今、必要なのはCEの価値創出メカニズムに対応した新しい会計の枠組みである。すなわち、「製品が使用されている間の価値維持」や「サービスとして提供される価値」、「循環によって創出された社会的・環境的便益」を、適切に評価・反映できる「CE会計」の構築こそが、持続可能な経済への移行を真に支える制度的インフラとなり得るのである。
2. 現行会計制度における主な障壁リスト
2.1. 「物の販売」に依拠した収益認識構造
現行の企業会計における収益認識は、基本的に「物の販売」が成立した時点で収益を計上する方式である。すなわち、財の所有権が顧客に移転したタイミングで「売上」として処理され、それ以前に提供された価値(たとえば、製品を保有・維持・管理しながら提供するサービスなど)は、会計的には無価値に等しいとされる。これは、リニア経済における物の製造・販売による利益回収には適していたが、製品の使用継続やサービス化によって価値を発揮するサーキュラーエコノミー(CE)においては、価値の本質を捉え損ねる結果となる。
たとえば、オフィス家具をサブスクリプションで貸与するビジネスでは、販売が発生しないため、会計上は「売上」を計上できず、収益化が分割され、また評価が困難になる。これは投資判断において不利に働き、資本の流入を阻害する一因ともなる。
課題を列挙すると、
■ 会計上の基本的構造とその限界
1. 「物の引き渡し=収益認識」という前提
• 現行の収益認識基準(収益認識に関する会計基準)では、原則として物品の所有権が顧客に移転した時点で収益が発生するとされる。
• これは販売が完了した瞬間にすべての経済的価値が移転したと見なす「単発的な取引」モデルである。
2. サービス提供や使用権の価値は「分割・一過性」としてしか評価されない
• サブスクリプション、レンタル、リース、シェアといったモデルでは、製品が使用中でも収益は一定額を分割して計上するだけにとどまり、「製品が今も価値を提供し続けている」という事実は資産には計上されない。
• 結果として、**使用中の価値は「見えない」**ものとなる。
■ 不利益の構造と実例
1. 製品の保有・再活用に対する消極性
• 企業が製品を保有したままサービス提供を行っても、その使用中の資産価値は減価償却で毎年減り続ける。
• 実態として価値を提供し続けていても、帳簿上は「価値ゼロ」となり、新製品を売った方が利益が大きく見える。
例:家具のサブスク(CLAS等)では、繰り返し使用される家具の経済価値は顧客にとって高いが、財務諸表では使用回数に関係なく償却が進行し、利益率が低く見える。
2. 価値創出が分散することで、単一企業の収益性が低下
• PSS(製品-サービス・システム)では、製品を作る企業とサービスを提供する企業が異なる場合も多く、価値創出がサプライチェーンやライフサイクル全体にまたがる。
• 現行会計では個々の企業が「自分の損益」のみを評価するため、連携的な価値創出が財務上に反映されにくい。
例:ある企業が中古パーツを使って再組立した製品を提供しても、その評価は「低品質な中古の寄せ集め」として扱われがちで、高付加価値として認識されにくい。
3. 財務指標の「見栄えの悪化」による資金調達の不利
• 繰り返しサービス提供される製品(EV、OA機器、医療機器など)は、製品寿命が長いほど帳簿上の資産価値は下がり、ROAなどの財務指標を悪化させる。
• 結果として、銀行や投資家からの信用評価が低くなる。
例:設備一式を持つメンテナンスサービス業は、価値提供期間が長くても財務上は「資産が古い=弱い企業」と見なされやすい。
このように、「物の販売」に偏った現行会計制度は、循環型ビジネスやサービス提供型モデルの経済的持続可能性を過小評価し、投資の選好に偏りを生む。これにより:
• 消費・廃棄を前提としたリニア経済モデルが「高収益モデル」と見なされ続ける
• 長寿命・再利用・シェア型の製品が「会計上の負担」に見える
• 実際の環境・社会価値に対応する評価が不十分となる
したがって、現行会計は「販売によってしか価値を見せられない」構造にあり、製品が使用され続けていることそのもの、またその社会的便益や脱炭素貢献を会計上で表現する仕組みが欠落している。このギャップが、サーキュラーエコノミーの持続的発展における制度的障壁のひとつとなっており、早急な会計制度改革や新しい補完的指標の導入が必要である。
2.2. 減価償却による時間的価値ゼロ化と再生可能性の無視
会計における減価償却制度は、耐久資産(建物、車両、設備等)を一定の耐用年数に基づいて、定期的に資産価値を減じていく仕組みである。これは物理的な劣化や陳腐化を会計的に反映するものであるが、その前提は「時間の経過とともに価値が失われる」という、リニア経済的な一方向的モデルに依拠している。
しかしCEでは、製品が修理され、部品が交換され、再利用され、あるいは再製造されることで、新たな価値が付与される。すなわち「価値が時間とともにゼロに向かう」わけではなく、「価値を回復・再構築できる」性質を有しているにもかかわらず、現行の減価償却モデルではこれが反映されない。例えば、再製造された工作機械が実際には新品同様の機能を有していても、帳簿上は「償却済みの無価値な資産」として記録され、結果的に企業の資産価値や収益力を過小に評価することにつながる。
課題を列挙すると、
■ 減価償却の構造とその問題点
1. 減価償却は「時間による価値の逓減」を前提とする
• 現在の会計制度では、固定資産は「耐用年数」に応じて毎年一定割合で価値を減じる処理が求められる。
• この償却は、「時間経過 = 劣化 = 価値の減少」というリニアな価値観に立脚しており、再生・循環を考慮しない。
2. 循環再投入による「価値の回復」が評価されない
• 修理・整備・再生(リファービッシュ)を経て製品が新たな顧客に再提供されても、その資産は会計上はゼロか限りなくゼロに近い簿価のままである。
• このため、実態として価値が復元されていても、会計上の資産価値としては表現できない。
■ 不利益が生じる領域
1. 経営判断への影響(循環ビジネスの消極化)
• 会計上の評価が「価値ゼロ」であれば、再活用や保守による収益機会が投資効果の低い行為と見なされる。
• その結果、企業は新品販売の方が利益が高いと判断し、再利用や循環設計を敬遠する傾向が強まる。
2. 財務諸表の「見かけの悪化」
• 再生や長期使用に力を入れても、償却済み資産が増えるため帳簿上は資産が少なくなり、ROA(総資産利益率)が悪化する。
• 減価償却費だけが先行して利益を圧迫し、財務指標上の見栄えが悪くなる。
3. 投資・融資評価への不利
• 金融機関や投資家は財務諸表上の資産価値を重視するため、循環型事業モデルは「低資産・低利益」と評価されやすい。
• 実際には資産が再流通し続けているにもかかわらず、資産価値がゼロとして扱われ、信用リスクが高く見積もられる。
■ 代表例と矛盾の顕在化
• シェアオフィス家具:再生・再投入される机や椅子は、機能的には使用可能だが、会計上は数年で価値ゼロ。
• 共有自転車やEVリース車両:バッテリー更新や修繕によって機能が保たれていても、償却済であり資産評価されない。
• 結果として、「使用中の製品が価値を生み続けているのに、財務的には存在しない」状態が生じる。
減価償却制度は、本来は物理的劣化を反映した保守的評価手法であるが、再利用可能性や機能寿命を軽視する構造を持っている。そのため、再生・循環の取り組みによって新たな価値を創出しているにも関わらず、それが「負担」や「非効率」として扱われてしまう。
この構造的矛盾を是正しない限り、企業は循環型モデルに転換するインセンティブを持ちにくく、社会全体としての循環経済の進展も停滞することになる。したがって、再利用・再提供による価値回復を正当に資産評価できる新しい会計基準や補足指標の整備が必要とされている。
2.3. サブスクリプションモデルにおける評価の乖離
CEにおける重要なビジネスモデルの一つが、所有を前提としないサブスクリプションモデルやリースモデルである。家具、電動自転車、衣料品など、様々な製品が利用期間に応じた料金で提供されるが、このとき製品自体は企業の資産として貸借対照表に計上され続ける。
しかしその評価はあくまで「物理的劣化」に基づいており、たとえば故障もなく、高い利用価値を保持している製品であっても、経年により価値が低下していく。この会計構造の下では、「機能的寿命」や「再利用可能性」といった、製品本来の価値を適切に資産評価に反映することができない。長期間にわたって価値を提供できる製品が、会計上は「価値を失った資産」とされることで、事業継続や投資判断上の矛盾を生む。
■ 会計上の処理とその限界
1. 減価償却は「時間経過」と「物理的摩耗」に基づく
• 通常、リースやサブスク製品は貸借対照表上、有形固定資産として計上され、耐用年数に基づいて減価償却される。
• この減価償却は「物理的劣化(wear and tear)」や「使用年数」を基準に行われるため、実際の機能性や再利用可能性は評価の対象とならない。
2. 実際の価値とは乖離する可能性
• 製品が再設計され、モジュール交換や再調整により寿命延長が可能な場合でも、会計上は一律に償却が進む。
• その結果、実態よりも早く「価値ゼロ」と見なされる事例が多発する。
o 例:シェアオフィス用の椅子、共有洗濯機、家庭向けの浄水器など。
3. リユース可能性や2次使用市場が評価されない
• 中古品として他のサブスクリプションに再投入されたり、パーツとして再使用されたりするポテンシャルは無視され、「使用不能」=「資産価値ゼロ」とされる。
• このように、経済的再価値のある資産が「除却損」や「廃棄処理」として損益に影響を与えるのは、実態に合致しない。
■ 循環経済との不整合
4. 会計が「持続的価値創出モデル」に対応できていない
• サブスクリプションモデルでは、製品が何度も使用・再投入されるため、単発の売却収益ではなく、継続的サービス収益が発生する。
• しかし現行の財務諸表は、「資産→減価→除却」というリニアなスキームに準拠しており、サーキュラー型の価値創出を反映しづらい。
5. 再評価の仕組みが存在しない
• 製品を修繕・再整備した後に別の契約で再使用する場合でも、会計上は償却済資産の再活用として扱われるため、帳簿価額はゼロのまま。
• 新たに価値を生むにも関わらず、それが「新規資産」として再評価される道がない(または極めて限定的)。
現行の会計制度は、製品の物理的劣化による価値逓減モデルに依存しており、サブスクリプションやリースのように製品を長期にわたって循環させるモデルの「真の価値」を正当に反映できていない。
このため今後は、以下のような新たな評価枠組みの検討が必要である:
• 「機能的寿命」に基づいた償却モデルの導入
• 再生・再投入時における再評価ルールの整備
• 利用時間やサービス提供価値に応じた資産管理手法
このような循環経済に即した会計モデルの整備がなければ、企業は財務上の「損失」により、循環型ビジネスの持続的運営に踏み切れず、ひいてはサーキュラーエコノミーの実現も遅れる危険がある。
2.4. 循環活動の「追加的コスト」化と非効率性の誤解
CEでは、再資源化・再製造・リファービッシュといった工程が多くの業種で不可欠となるが、これらの活動は現行会計上「追加的な修繕費」「販管費」「製造原価」などの形で支出計上されることが多い。結果として、循環型の取り組みは「コストがかさむ」「効率が悪い」と見なされがちである。
たとえば、中古スマートフォンの再整備を行って再販売する業者にとっては、整備のための作業や検査、部品交換が必要であり、それらは通常の新品販売にはない「余計なコスト」として扱われる。だが、そのプロセスによって生み出された「製品寿命の延長」という社会的価値は、会計上はゼロであり、付加価値として認識されにくい。
【1】循環活動に係る費用は「追加的コスト」として認識される
再資源化・リファービッシュ・再製造では、以下のようなコストが発生する:
• 回収・分別・検査・洗浄などの「前処理コスト」
• 再加工・再組立・品質検査などの「再生産コスト」
• 品質保証や法令対応のための「追加的管理コスト」
これらは従来の会計では、バージン製品の製造費用に上乗せされる形で「追加的な製造原価」や「間接費」として処理される。
その結果、循環製品はバージン製品に比べて「原価が高い」「収益性が低い」と評価されやすい。
【2】原価計算の構造が「一次生産に有利」
原価計算制度(特に標準原価や直接原価)は、一次的な製造工程(=新品製造)を基準に最適化されてきた。
再資源化などの循環工程は「例外処理」や「補助的工程」として扱われ、
• 品質のばらつき
• 工程の複雑化
• 記録の手間
が生じるため、一貫性のある原価評価が難しい。
結果として、再資源化活動は「本来よりもコストが高く見える」傾向がある。
【3】利益率の低下と“非効率”の誤解
たとえば:
• 新品製品:原価5万円、売価8万円 → 利益率 37.5%
• リファービッシュ品:原価4.5万円(回収+修理)、売価6万円 → 利益率 25%
→ 数字上はリファービッシュの方が「収益性が劣る」と見なされやすい。
しかし、社会的には資源節約・廃棄物削減という正味の付加価値を生み出している。
それにもかかわらず、財務数値の文脈では“非効率”な選択肢として扱われるリスクが高い。
【4】投資評価におけるマイナス要因
循環ビジネスに取り組む企業は、財務上:
• ROE(自己資本利益率)
• ROIC(投下資本利益率)
• EBITDAマージン
などの指標でバージン製造企業に比べて低く見える傾向がある。
これにより、投資判断・融資審査において不利な評価を受ける可能性がある。
再資源化・リファービッシュ・再製造は、環境的・社会的価値を生み出す本質的に有意義な活動であるにもかかわらず、
従来のリニア経済を前提とした会計制度では、それらの活動が「コスト増」「利益圧迫要因」として数値的に表現される構造になっている。これが、サーキュラーエコノミーの拡大を妨げる会計上の障壁となっており、今後は「使用価値」や「循環価値」を可視化する新たな会計指標が求められている。
2.5. 環境・社会的便益の数値化の欠如
現行の会計制度では、「廃棄物削減」「資源採掘回避」「温室効果ガス削減」といった、CE活動によって生み出される環境・社会的便益は、財務諸表上に反映されない。これらは社会にとって極めて重要な「正味の価値創出」であるが、数値として資産計上されず、企業価値として認識されにくい。
CE型の活動では、むしろ「販売しない」「廃棄しない」「新たに採掘しない」といった「しないこと」が価値を生む構造であるにもかかわらず、その価値は会計に表れない。結果として、ESGやインパクト投資などの社会的評価の軸とは整合しない評価が企業内部に残り続けることとなる。
■1. 現行会計では「外部効果(externalities)」を資産化・収益化できない
• 再資源化やリファービッシュにより削減される温室効果ガス排出量、埋立廃棄物、資源採掘コスト等は、企業の財務諸表には一切反映されない。
• たとえば:
o 廃棄回避によって地方自治体の焼却処理費が抑えられている
o 採掘回避により生態系への影響が減っている これらは社会にとって実利ある「支出回避価値」だが、企業のPL(損益計算書)には何も記載されない。
■2. 再資源化による「原材料リスク回避」「価格安定化」は将来的利益をもたらすが評価されない
• 鉄、アルミ、リチウムなどの資源は、供給リスクや価格変動が大きい。
• リサイクルによる原材料の自給率向上や価格の緩和は、サプライチェーン全体に安定性を与える。
• しかし、これらの価値は財務上「原価低減」としてしか扱えず、リスク低減効果や社会的レジリエンス強化は金額化されない。
■3. “利用中の製品が価値を生み続けている”にもかかわらず、会計ではゼロとして扱われる
• 例:オフィス家具のリユース、カーシェアリング、リファービッシュ品の長期使用など。
• 社会的にはCO₂削減、廃棄物回避、公共コストの削減などの価値が持続しているが、会計上では「売却済」または「減価償却済」とされ、その後の利用価値はゼロとして扱われる。
■4. 再資源化投資は「コスト」だが、バージン資源の調達は「通常原価」として扱われる非対称性
• たとえば、再資源化のための分別・回収・加工設備への投資は資本支出となり、減価償却によって利益を圧迫する。
• 一方で、同じ材料をバージン原料として調達する場合は、単なる「仕入原価」で処理され、財務的負担感が小さく見える。
• 本来は社会的コストを外部化しているバージン調達の方が「効率的」と誤認されやすい。
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■5. 企業単独の財務諸表では「ネットベネフィット(正味の社会的便益)」が可視化されない
• たとえば、ある企業がリファービッシュを行うことで、他の自治体・企業が得る利益(焼却費削減、埋立地延命、調達安定など)には換算できないが、実際には「見えないキャッシュフロー」が発生している。
• こうした他主体に拡散する便益を捉える会計モデルが存在しないため、循環経済の本質が財務上で過小評価されている。
従来会計が「妥当」と見えるのは、個別企業の視点でのみ、かつ短期的な利益に限定されているからに過ぎない。一方で、循環型経済の視点では、再資源化などの活動は環境的・社会的コストの回避という“経済的事実”を伴うものであり、それを会計で可視化できないことこそが“妥当でない”のである。
したがって、「正味の付加価値」は仮想的ではなく、現行会計が見落としている実体的な価値であり、むしろ今後の会計制度は、これをどう可視化し、制度化していくかが問われている。
2.6. 製品使用中の価値停滞と投資不利
共有型モビリティやシェアオフィス家具など、使用中の製品が継続的に社会的価値を提供しているにもかかわらず、会計上は販売されていないため「資産が回転していない」「キャッシュフローが滞っている」と見なされがちである。これは、投資家や金融機関の与信評価に悪影響を及ぼす可能性がある。
たとえば、月額課金で回収するモデルは、長期的には安定収益をもたらす可能性があるが、短期的には「売上の少ない事業」と判断される。このため、資金調達や信用評価において過小評価されるケースが散見される。
【1】収益認識が発生しない問題
現行の会計基準(例:IFRS 15など)では、製品が販売されて顧客に引き渡された時点で初めて収益が認識される。
• シェアリングサービスで使用中の製品(例:オフィス家具やシェア自転車)は、まだ“販売されていない”。
• したがって、製品が社会で活用されていても、企業の会計上は収益ゼロ、または極めて分割的な収益計上(リースやサービス料)となる。
▶︎ 例:
• シェア自転車を街中に100台設置しても、それが販売されたわけではないので、資産として帳簿に残ったまま。
• その自転車が毎日1000人に利用されても、それによる価値創出(社会的便益)は会計上ほとんど反映されない。
【2】固定資産評価が不適切になる
使用中の製品は企業が保有し続けているため、「固定資産」として計上され続ける。
しかし、従来の減価償却は「時間とともに価値が減少する」という想定に基づいているため、使用価値が持続している場合でも、帳簿価値は減ってしまう。
• 共有オフィス家具などは、何度も顧客に再使用されることで価値を生み出し続けるが、会計上は数年で価値がゼロになる。
• 結果として、企業の実態よりも“価値が減っている”ように見える誤認が起きる。
【3】社会的インパクトや環境価値の可視化ができない
PSS型のビジネスでは、販売されない製品がCO₂削減や廃棄物削減、移動手段の効率化など、社会・環境的価値を生み出すにもかかわらず、これが会計に反映されない。
• 従来の財務諸表(損益計算書・貸借対照表)では、このような非財務的価値の蓄積や循環性の指標が存在しない。
• 結果として、企業のサーキュラーエコノミー的な活動の真の価値が投資家や社会に伝わりにくい。
【4】財務指標の歪み
製品を販売しないモデル(PSS)は、在庫回転率やROA(総資産利益率)、ROE(自己資本利益率)などの従来の財務KPIで評価すると不利に見える。
• 資産(使用中の製品)は残り続けるが、売上が一括で立たないため、利益率が悪化しているように見える。
• 投資家の誤解や、内部的な業績評価制度とのミスマッチが生じる。
2.7. 製品-サービスシステム(PSS)の複数主体構造と会計上の視野狭窄
PSSとは、製品単体の販売ではなく、製品とサービスの統合によって提供価値を創出するモデルであり、CEにおける中核的な構造のひとつである。しかし、その価値は「使用期間を通じての顧客体験」「複数事業者の連携によるサービス提供」など、時間的・主体的に分散して創出される。
現在の企業会計制度では、単一企業の財務諸表の枠組みを前提とするため、このような「分散された価値創出」の全体像を把握できない。結果として、PSSによる価値連鎖のすべてが企業価値に反映されず、収益構造の説明が困難となる。また、PSSを実行するための関係企業間のリスク・利益配分の仕組みも会計上は明示しづらく、透明性確保に課題が残る。
【1】製品-サービスシステム(PSS)とは
PSSとは、単に製品を販売するのではなく、製品の使用価値をサービスとして提供するビジネスモデルです。たとえば以下のような例がある:
• 家具や家電のサブスクリプション(例:CLAS)
• リース型の洗濯機や複合機(例:リコー、パナソニック)
• 使用済製品の回収・整備・再提供を一体的に行うリファービッシュサービス(例:Apple Refurbished)
ここでは「売って終わり」ではなく、使われている間に収益が発生し、価値が提供され続ける構造になる。
【2】“時間軸”にまたがる価値創出
従来のリニア経済では、製品は売った時点で企業の収益が確定する。しかしPSSでは、以下のように価値の創出が時間的に分散している:
• 初期の製造・設計コスト(製品開発時)
• 使用期間中のメンテナンス・サービス・使用料(例:毎月の収益)
• 使用後の再資源化・再販価値(循環的に次の利用価値を創出)
つまり、「販売=価値の終点」ではなく、「使用・回収・再利用=価値の継続」である。
これは、単年度の財務諸表ではなく、ライフサイクル全体での価値評価が必要になることを意味している。
【3】“複数主体”にまたがる価値創出
また、CE型のPSSでは1社単独で完結せず、以下のような複数の主体が関与します:
• 製造業者(設計・製造)
• サービス提供者(メンテナンス・貸与)
• 回収・リファービッシュ業者
• 材料リサイクル業者
• 賃貸・シェアプラットフォーム運営者
つまり、価値の創出や収益はバリューチェーン全体に分散しているため、1社の財務会計では「自社が何をどれだけ貢献し、どのくらいの資源を節約したか」を正しく把握しにくいのです。
これらの点についてなぜ財務諸表で捉えきれないのかをまとめると以下の表のようになる。
視点 従来のリニア会計 CEのPSSにおける課題
価値の発生時点 販売時 使用中・回収後など多段階
価値の担い手 製品を販売した企業 多主体(リース、修理、再販業者など)
会計単位 単年度・単企業 長期・複数企業にまたがる価値連鎖
評価される資産 所有資産中心(棚卸資産など) 使用権・価値の継続性など非伝統的資産
以上のように、現行会計制度は、物の販売を中心とした経済においては有効であったが、CEが目指す「ストック活用」「長期使用」「再生的価値創出」を捉えるには不十分な構造にとどまっている。このギャップを埋めるためには、単なるESG情報の開示ではなく、収益・資産・費用の認識方法そのものの再設計――すなわち「CE会計」の構築が不可欠である。
2.8. 社会的資産へのアクセス契約と現行会計制度の不整合
サーキュラーエコノミー(CE)においては、従来の「自社が保有する資産から製品を生産し、販売して利益を得る」という線形的な価値創造モデルから転換し、既に社会に分散・存在している物的ストック(製品・部材・設備等)を所有権の取得を伴わずに、契約的に商取引の対象とするアプローチが徐々に広がりを見せている。これはいわば「他主体保有資産の機能的流通」へのアクセス権を活用する新たな商取引構造であるが、現行の財務会計制度はこのような取引形態を適切に反映する枠組みを欠いている。
とりわけ、「所有権を取得せずに扱う取引」について、現行制度では「消化仕入れ」または「売上仕入れ」といった例外的処理によって対応が試みられているが、いずれも限界を有している。
消化仕入れ取引(consignment sale)は、販売時点まで仕入計上を行わず、売れた分だけ仕入計上と売上計上を同時に行う手法であるが、これは主に小売業における委託販売モデルを想定した制度であり、PSS(Product-Service Systems)やリファービッシュ型モデルのような継続的価値提供モデルには構造的に適合しない。販売以前の取引関係や契約的拘束の価値が無視され、収益の認識が「販売」という事象に著しく依存しているためである。
一方、「売上仕入れ」は事前に一定の範囲を仕入計上する形だが、こちらは在庫リスクを抱え込むという本来のビジネス形態と矛盾する経済実態を会計的に仮定させることになり、特に「所有せず、社会的資産の運用によりサービス価値を提供する」CE型ビジネスにおいては、実態にそぐわない負債認識やキャッシュフロー上の歪みをもたらすことがある。
たとえば、自治体と連携して既設の家庭用家具を回収し、再整備のうえで再提供する「分散型リファービッシュ流通モデル」においては、家具は一貫して個人や公共主体の所有物でありながら、事業者が再流通の中間サービスを提供する。ここでは在庫保有の概念が成立しないが、現行会計はその活動の収益性や資産的価値を適切に評価できない。製品は販売されず、資産化されず、利益も断片的な手数料としてしか計上されない可能性が高い。
このように、社会全体に分散して存在する物的ストックへの「アクセス契約」による商取引を扱うにあたり、現行の会計制度は、財の移転や保有に基づく取引認識を前提としており、資源効率性や循環価値の観点から経済の基盤構造が変化しつつある今日の状況に追随できていない。実態を反映しない収益計上、不適切な在庫認識、誤ったリスク評価は、資金調達上の不利や事業性の過小評価を生む要因ともなりうる。
今後、こうしたアクセスベースの経済行動を適切に捉えるためには、「所有と価値創出の非同期性」や「契約ベースの資源運用」に基づいた新たな会計設計が必要となる。従来の財貨会計を超えて、社会全体のストックをいかに機能的に活用しているかを、収益性・持続可能性・資源効率の観点から統合的に示すことが、CE時代の新たな評価軸となるだろう。
3. 現行会計制度のCE適用問題の階層性
ここまで見てきた問題は現行の会計制度の持つ3つの問題に由来するものと考えられる。すなわち:
• 「物売り」発想への依存
• 「外部経済」の無視
• 「持続可能性」の考慮欠如
であり、これらをを軸に据え、現行会計制度の限界とサーキュラーエコノミー(CE)に求められる新たな会計の必要性を整理してみる。
◆ 1.「物売り」前提の会計からの転換の課題
• 現行会計では「販売=価値創出」とされ、販売前提の単発的収益認識に依存している。
• 製品を売らずに貸与・シェアする**サービス型ビジネス(PSSやサブスクリプション)**では、価値が連続的に発生しているにもかかわらず、十分に収益として反映されにくい。
• 使用中の製品の機能価値・社会的価値が会計上は可視化されず、償却によって価値ゼロと見なされる。
• 結果として、長寿命化・リユース・再資源化といった循環的活動が“非効率”と誤認されやすい。
• 「他主体保有資産の機能的流通」へのアクセス権が評価されない
→ 必要なのは、「販売=価値創出」ではなく使用中の価値・循環的再利用による付加価値を可視化する会計。
◆ 2.「外部経済」を無視する構造の限界
• 現行会計では、製品使用による環境負荷削減、地域雇用創出、廃棄物削減などの外部便益(外部経済)は企業の損益に反映されない。
• たとえば、再生資源の利用で原材料輸入を削減しても、国益・環境益は会計上“価値ゼロ”。
• 環境負荷(CO₂排出や資源消費など)もコストと直結せず、「環境を守るほど経営的に損」という構造が残ってしまう。
• 製造業・流通業・回収業・自治体といった複数主体が連携して得る便益が、各主体の会計では分断されてしまう。
→ 必要なのは、外部経済や協働価値を会計評価に組み込む手法(自然資本会計、SROI等)。
◆ 3.「持続可能性」の価値を計上できない限界
• 現行会計は短期の金銭的利益を優先し、長期的な資源安定性・社会福祉・気候リスク回避などを「非財務情報」として軽視している。
• 再製造・リファービッシュ・再資源化といった取り組みが「追加コスト」として記録され、「非効率」と評価される。
• 製品の循環による価値の再創出(リユース、リファービッシュ)が、減価償却や会計制度上では評価されない。
• 脱炭素や資源循環の取り組みで社会的に貢献しても、企業価値に反映されない構造が持続可能性推進のインセンティブを弱めている。
→ 必要なのは、持続可能性指標(CFP、TMR、長寿命性、再利用可能性等)と連動した新しい会計モデル。
現行会計は、「売って終わり」の発想に縛られ、外部効果や持続可能性への貢献を無視・過小評価する構造となっている。これではCEの本質である“価値の循環”や“長期的貢献”を適切に可視化できない。
今後のCE社会においては、
• 使い続けることの価値
• 協働によって生まれる循環的利益
• 未来世代の資源確保や気候安定性への貢献
を正当に評価できる会計制度への移行が不可欠である。これは単なる「技術論」ではなく、新たな経済価値の再定義そのものである。
この問題を欧州流に、ミニ、メゾ、マクロで見方を変えて捉えることもできる。
レベル 定義 対象とする価値の範囲 現行会計の限界 要求される新たな会計要素
レベル1:ビジネス内CE会計(Intra-Business CE Accounting) 単一企業の事業活動内で、資源循環・再利用・製品寿命延伸などを正当に評価するための会計 自社の保有製品、再資源化、製品-サービス(PSS)、製品使用中価値 減価償却による価値ゼロ化、販売主義的収益認識、再生工程のコスト化 使用中の機能価値評価、資産の再評価モデル、PSS会計、非物販型収益評価
レベル2:ネットワークCE会計(Inter-Organizational CE Accounting) バリューチェーンや複数事業体間での資源循環(リファービッシュ、部品回収、再製造)を横断的に評価 製造・流通・使用・回収の連携による価値創出、パートナーとの共有資産・サービス 企業単体の損益主義、サプライチェーンの外部化、回収コストの企業偏在 多主体連携収益配分モデル、共有資産評価、逆物流価値の配分評価
レベル3:社会・地球規模CE会計(Societal/Planetary CE Accounting) SDGs・脱炭素・資源節約・地域雇用などの社会的・環境的インパクトを価値として評価 自然資本、地域経済効果、廃棄回避、リユース社会貢献 財務諸表外の便益評価が困難、外部経済価値が非貨幣化、企業外の活動は計上不能 環境・社会インパクト指標(e.g. TMR, CFP, SV)、非財務価値の金銭化モデル、持続可能性指標連動型B/S・P/L
◆ レベル別に現行会計では扱えない主な事項とCE会計での必要性を箇条書きにしてみる
◉ レベル1(ビジネス内CE会計)で扱えない事項
• 製品の長寿命化・再利用による価値創出が帳簿上は減価償却で価値ゼロになる
• 使用中の製品(レンタル・シェア製品など)の継続価値が無視される
• 再資源化工程が追加コストとしてのみ処理される
• 「物の販売」以外のサービス提供型(PSS等)の収益評価が分割収益に限定
→ 必要な要素:
• 使用中価値の定量モデル
• 使用履歴に基づく価値維持評価
• 再資源化工程の「付加価値化」
◉ レベル2(ネットワークCE会計)で扱えない事項
• 回収・再製造・リファービッシュを行う第三者企業の貢献が評価されない
• 逆物流に関わる費用・価値が会計上反映されず、分担不能
• 製品寿命延伸に関わる複数企業の協働効果の正当評価ができない
→ 必要な要素:
• サプライチェーン横断型収益配分指標
• 逆物流による価値創出評価(例:再生部品の利用価値)
• リファービッシュ等の工程による価値再創出モデル
◉ レベル3(社会・地球規模CE会計)で扱えない事項
• 再資源化による廃棄回避や資源節約が帳簿外(off-book)となる
• 自然資本・地域循環・雇用創出といった社会的価値の非金銭化
• SDGsやカーボンニュートラル等の国際目標とリンクしない
→ 必要な要素:
• 社会価値指標(SROI, Natural Capital Accounting等)の金銭換算
• 資源フットプリント(TMR)やカーボンフットプリント(CFP)の財務連動
• 持続可能性指標と連動した企業価値算定
このように、「CE会計」は単に会計技術の見直しにとどまらず、価値とは何か、だれがいつ創出したか、それが社会や環境に何をもたらすのかを正当に評価するための思想的・制度的転換である。リニア経済を前提とした既存会計における「過小評価・誤解・無視」の構造を可視化し、物ではなくコト、取引ではなく関係、瞬間ではなく時間をとらえる会計の構築が求められている。
4. サーキュラーエコノミー会計構築の基本的方向
サーキュラーエコノミーの本質は、線形型経済(リニアエコノミー)における「所有→消費→廃棄」というフロー構造から、「共有・維持・再利用・再資源化」に基づくストック重視の経済構造への転換である。この構造転換は、企業の価値創出、収益認識、資産評価、コスト配賦、リスク管理といった、従来の会計体系の根本を問い直す契機となる。
以下に、CE会計の構築における基本原則と方向性を示す。
1. 価値認識の再構築
• 従来会計の限界:現行制度では「販売=価値実現」とみなされ、製品が社会で使用されている間の機能的価値、再利用可能性、外部便益(廃棄回避・資源節約)は財務諸表に表現されない。
• CE会計の方向性:使用中価値(In-use value)および潜在循環価値(Potential Circular Value)を認識対象に含め、持続的価値創出モデルとしてのビジネス活動を評価すべきである。
2. ストック運用による利益の可視化
観点 リニア経済型会計 サーキュラー型会計(目指す方向)
資産評価 所有に基づく固定資産中心 社会的共有ストックへのアクセス価値も評価対象に
減価償却 時間経過に伴い価値を減少させる 保守・更新による価値再創出を反映
収益認識 売上時に実現 使用期間中のサービス提供対価として評価
廃棄・再資源化 コストとして処理 資源回復価値として加算可能性を評価
3. 契約ベース経済への対応
• 現行の問題:現行制度では、ビジネス上の「商取引対象」が所有物であることを前提とし、社会に存在する第三者所有のストックを契約的に運用するモデルは適切に資産計上できない。
• CE会計の必要性:
o **アクセス契約(Access-based Agreements)**に基づく収益創出を評価。
o 自社資産に限定されない「使用権に基づく価値創出」への会計上の整備。
4. 再資源化・リファービッシュ活動の扱い
• 現行会計では、再資源化・再整備・リファービッシュ・再製造といった活動が「通常より余分な追加的コスト」とみなされ、利益圧迫要因として扱われる。
• CE会計では、資産寿命の延伸と資源利用効率性の向上を明確に可視化し、再創出価値(Regenerative Value)として評価する枠組みが必要である。
5. 外部便益の補足的評価
• 財務会計における最終数値は、社会的・環境的価値(外部便益)を取り込みにくい構造にある。
• ただし、循環活動は温室効果ガス排出削減、埋立回避、輸送負荷の低減等を生み出し、経済主体としてのリスク耐性・資源保障性にも資するため、これらを補助的指標として記録・開示する構成が望ましい。
o 例:Avoided Emissions(回避排出量)やMaterial Retention Index(材料保持指数)等。
o 重要なのは、「指標があるから十分」ではなく、「会計と指標の補完関係」を明示的にすることである。
6. 時間軸と主体の再構築
• 現行会計は、「単一企業の決算期」内で完結する記録体系である。
• CE型ビジネス、特に製品-サービス・システム(PSS)では、価値創出が複数主体間で長期的に展開されるため、
o マルチ主体会計(Collaborative Accounting)、
o 使用価値継続評価(Continuing Value Assessment)、
o 契約ライフに基づく収益認識 が求められる。
7. 循環実態との整合
• 新たな会計体系は、必ずしも「指標を足す」ことによって実現されるものではない。
• CE会計は、「資源循環によって実現する経済構造」の反映であり、指標はあくまで補足手段であって、会計本体の設計思想が最重要である。
結語
以上のように、サーキュラーエコノミーにおける会計の構築は、単なる報告手段の追加ではなく、価値創出・収益認識・資産評価という会計の根幹に関わる再構成作業である。これは「持続可能な資源管理」と「社会的価値創出」を両立させるための制度的基盤であり、経済活動の実態と整合する新たな可視化体系として、早期の議論と制度設計が強く望まれる。
拙文ダウンロードのためのドキュメント
関連リンク
FINANCIAL ACCOUNTING IN THE CIRCULAR ECONOMY (英文)
https://assets.ctfassets.net/fqjwh0badmlx/Cyx2uxgiSMsiItLsJ3FzD/fe32d518d8b59d81eebda6ce219908f8/Financial_Accounting_in_the_Circular_Economy.pdf
Financial Accounting Must Enable the Circular Economy | IFAC (Web中翻訳あり)
https://www.ifac.org/knowledge-gateway/discussion/financial-accounting-must-enable-circular-economy#
Coalition Circular Accounting (CCA) – Circle Economy
https://www.circle-economy.com/programmes/finance/coalition-circular-accounting
ディスカッション
コメント一覧
使用中の製品は企業が保有し続けているため、「固定資産」として計上され続ける。
しかし、従来の減価償却は「時間とともに価値が減少する」という想定に基づいているため、使用価値が持続している場合でも、帳簿価値は減ってしまう。
• 共有オフィス家具などは、何度も顧客に再使用されることで価値を生み出し続けるが、会計上は数年で価値がゼロになる。
• 結果として、企業の実態よりも“価値が減っている”ように見える誤認が起きる。
という論点に対して、 次のような意見が来ています。
通常、資産価値が低い場合は損益分岐点も下がります。飲食業で、初めての出店のとき中古設備をリースしたりするのはそういう理由です。なので、資産価値は循環によって圧縮できた方が事業参入のための障壁を下げることができる、という点を評価したほうが伝わりやすいのではないかと思います。
この意見に対する コメントです。
ご指摘の通り、資産価値の圧縮が事業参入障壁を下げる効果がある点は重要な視点です。中古設備のリース事例が示すように、初期投資の軽減は起業家や新規参入者にとって大きなメリットとなります。
ただし、本論点が提起しているのは「会計上の減価償却」と「実際の使用価値」の乖離という根本的な問題です。特にサーキュラーエコノミー(循環型経済)が広がる中で:
物理的に使用可能な資産が会計上「価値ゼロ」と表示される矛盾
この矛盾が企業の真のバリュー(持続可能性への貢献等)を財務情報に反映できない問題
を指摘しています。資産価値の圧縮効果は確かにメリットですが、同時に「持続可能な経済システムにおいて、会計制度が現実の価値創造を適切に表現できていない」という構造的な課題への気付きも含めると、議論の深みが増すのではないでしょうか。
循環型資産の評価方法を見直すことで、新規参入の容易さ(ご指摘のメリット)と持続可能性の可視化(元論点)という両方の価値を実現できる可能性があります。
4. 再資源化投資は「コスト」だが、バージン資源の調達は「通常原価」として扱われる非対称性
• たとえば、再資源化のための分別・回収・加工設備への投資は資本支出となり、減価償却によって利益を圧迫する。
• 一方で、同じ材料をバージン原料として調達する場合は、単なる「仕入原価」で処理され、財務的負担感が小さく見える。
• 本来は社会的コストを外部化しているバージン調達の方が「効率的」と誤認されやすい。
に対して、次のコメントがあります。
投資を伴うケースとそうでないケースを同じ土俵の上で議論しているので、あまり説得的なロジックではありません。
以下再コメント:
ご指摘の「投資を伴うケースとそうでないケースの比較」というご懸念はもっともです。確かに会計処理の性質が異なるものを直接比較することには限界があります。しかし、この問題の本質は「持続可能な経済活動へのインセンティブ設計」にあると考えます。
重要なのは、現在の会計フレームワークが:
バージン資源調達:短期的なコスト最適化を促進
再資源化投資:長期的な社会価値創出にも関わらず財務負担として認識
という非対称的なインセンティブ構造を生んでいる点です。
具体例として:
バージン調達:環境負荷という外部不経済を計上せず「見えない補助金」状態
再資源化:将来のコスト削減効果を資産計上できない(例:廃棄物処理費削減分の見える化)
この構造的問題を解決するためには:
✓ 環境会計の導入(外部不経済の内部化)
✓ サーキュラー資産の特別償却制度
✓ バージン資源課税との組み合わせ
など、比較可能な評価基準を構築する必要があるでしょう。
投資/非投資の差異はあるものの、持続可能性への移行を阻む制度的歪み(distortion)として捉え直すと、新たな議論の展開が可能になるのではないでしょうか。
【4】投資評価におけるマイナス要因
循環ビジネスに取り組む企業は、財務上:
• ROE(自己資本利益率)
• ROIC(投下資本利益率)
• EBITDAマージン
などの指標でバージン製造企業に比べて低く見える傾向がある。
これにより、投資判断・融資審査において不利な評価を受ける可能性がある。
に対する次のコメントがきています。
中古設備は安価だとするならば、その分減価償却費の負担が小さいため単純損益の数字は良くなります。EBITDAは減価償却を加味しないので、循環ビジネスであってもなくても影響は少ないかもしれません。
以下再コメントです。:
ご指摘の通り、中古設備の減価償却費圧縮効果は確かにPL改善要因となります。しかし循環ビジネスにおける財務指標の課題はより多層的です。主に3つのポイントを補足させてください:
資本効率の見え方に関する根本課題
中古資産活用では確かに減価償却費は減少しますが、同時に:
- 再加工/修復コストが追加発生
- 在庫回転期間が長期化(中古品需要の不安定性)
- 品質保証のための追加投資(リコールリスク対応)
といった隠れたコスト構造がROICを圧迫します。
EBITDAの盲点
確かに減価償却費は加味しませんが、循環ビジネスでは:
- リバースロジスティクス(回収輸送)コスト
- 選別/分解の人件費
- サプライヤー教育費
などが営業費用として計上され、EBITDAマージンを圧迫します。
資本市場の認識ギャップ
アナリスト評価において:
→ バージンメーカー:設備投資額を「成長力の証」と好意的に評価
→ 循環ビジネス:同じ投資額を「コストセンター」と認識
という非対称性が存在します。
根本的には、現在の財務指標が「線形経済(take-make-waste)のビジネスモデル」に最適化されており、循環経済の特徴である:
✓ 初期投資の前倒し(回収期間の長さ)
✓ 外部性の内部化(社会コストの取り込み)
✓ バリューチェーンの複雑化
を適切に評価できない構造的問題があると考えます。
循環再投入による「価値の回復」が評価されない
• 修理・整備・再生(リファービッシュ)を経て製品が新たな顧客に再提供されても、その資産は会計上はゼロか限りなくゼロに近い簿価のままである。
• このため、実態として価値が復元されていても、会計上の資産価値としては表現できない。
に対して、次のコメントがあります。
価値の回復」を評価できるようになると、売り上げに対する利益を圧縮することができるので、節税効果が期待できます。
再コメントです。
ご指摘の節税効果は確かに重要なメリットです。しかし「価値回復の会計認識」が持つ意義は、単なる税負担軽減を超えた経営戦略上の価値があります。3つの観点から補足させてください:
1.バランスシートの情報有用性向上
修理・再生によって実際に生み出される経済価値を財務諸表に反映させることで:
- 企業の真の資産価値を投資家に適切に伝達
- 金融機関からの資金調達条件改善
- ESG投資家へのアピール材料強化
といった経営上の実利が生まれます。
2.サーキュラービジネスモデルの適正評価
現行制度では「新品販売」と「再生品販売」が同じ収益認識基準で評価されるため:
→ 持続可能なビジネスモデルへの転換インセンティブが働かない
→ リニア経済から循環経済への移行を阻害
という構造的問題を解決する契機となります。
3.節税効果以上の社会的価値
税負担軽減は確かに企業メリットですが、同時に:
✓ 資源生産性の向上(GDPあたりの物質投入量削減)
✓ 雇用創出(修理・再生産業の労働集約性)
✓ 地域経済循環の促進
といったマクロ経済効果が期待できます。
根本的には、現在の会計基準が「価値破壊型経済」に最適化されているのに対し、「価値維持/再生型経済」に対応した新たな評価枠組みが必要というパラダイム転換が起きていると認識すべきでしょう。
財務指標の「見栄えの悪化」による資金調達の不利
• 繰り返しサービス提供される製品(EV、OA機器、医療機器など)は、製品寿命が長いほど帳簿上の資産価値は下がり、ROAなどの財務指標を悪化させる。
に対して
同じ売上金額であれば、資産価値が低いほどROAは上がります。
という意見がありますが
ご指摘の通り、ROA(総資産利益率)は「売上÷総資産」で計算されるため、理論上は資産価値が低いほど数値が向上します。
しかし、問題は「同じ売上」という前提が現実的でない点です。
新品販売企業:資産(在庫・設備)を早期に償却し、ROAが高く見える
循環型企業:リユース・リファービッシュにより「同じ資産」で長期にわたり収益を生むため、売上は分散的で、かつ帳簿上は資産価値がゼロに近い状態で計上される
→ 結果、実態(持続的な収益力)よりもROAが低く評価され、資金調達で不利になる可能性があります。
さらに、会計制度の非対称性があります
例えば、EVバッテリーを10年間再利用する場合:
新品メーカー:初年度に全額売上計上 → ROAが高く見える
循環型事業者:10年間かけてリユース収益を計上 → ROAが低く見える
(同じ経済的価値を生んでいても、会計上は循環型企業のROAが不利になる)
つまり、財務指標の限界を超えた評価が必要で
この問題は、単に「資産を減らせばROAが上がる」という単純な話ではなく、「現在の会計ルールが循環型ビジネスの価値を適切に反映できていない」 という構造的な課題です。
今後は、サーキュラーエコノミーに対応した非財務指標(例:資源生産性、ライフサイクル収益性) を組み合わせた評価が求められるでしょう。
• 実態として価値を提供し続けていても、帳簿上は「価値ゼロ」となり、新製品を売った方が利益が大きく見える。
例:家具のサブスク(CLAS等)では、繰り返し使用される家具の経済価値は顧客にとって高いが、財務諸表では使用回数に関係なく償却が進行し、利益率が低く見える。
に対して
この記述の意図が不明。もしも販売価格が同じなら、資産価値の少ないものを売ったほうが利益は大きくなるはずです。
という指摘がありましたが
ご指摘の通り、単純な会計処理だけを見れば、資産価値が低い(簿価ゼロ)商品を販売した場合、減価償却費が発生しないため、その分だけ利益が大きくなります。
しかし、問題は、循環型ビジネス(サブスク・リユース)では「同じ販売価格」で比較できない点です。
新品販売:高額な販売価格(例:家具を10万円で販売)→ 初年度に全額収益認識
サブスク・リユース:1回あたりの利用料は低額(例:月額5,000円×24ヶ月=12万円)
収益は時間分散されるため、単年度の利益が小さく見える
さらに、家具の簿価がゼロでも、メンテナンス・保管コストが発生
→ 結果的に、同じ顧客から得られるLTV(生涯価値)が同等でも、会計上はサブスクの利益率が低く表示されることが問題です。
また、会計ルールが「リニア経済(新品販売)」を優遇する構造的問題があります
現在の会計基準では:
新品販売:初期に全額収益を計上でき、ROA・ROEが高く見える
サブスク・リユース:収益が分散され、かつ資産価値が認識されないため、財務指標が悪化しやすい
→ これが、**「サステナブルなビジネスほど、財務上は不利に見える」**という逆説を生んでいます。
また、財務指標の限界と新しい評価基準の必要性の問題があります
この問題は「資産価値が低い方が利益が出る」という単純な話ではなく、**「現在の会計制度が、循環型ビジネスの経済的価値を適切に反映できていない」**という根本的な課題です。
今後は、LTV(生涯価値)や環境負荷削減効果といった非財務指標を組み合わせ、企業の真の価値を評価する仕組みが必要となるでしょう。
つまり
「同じ販売価格なら資産価値が低い方が利益が出る」という指摘を一旦受け入れつつ、前提のズレを指摘
→ サブスク・リユースビジネスでは「同じ商品でも収益認識のタイミングが異なる」ことを明確化
会計制度が「新品販売」を優遇する構造的問題を可視化
→ サステナブルなビジネスが財務上不利になる矛盾を説明
単なる利益比較ではなく、企業の長期的価値(LTV・ESG)をどう評価するかという本質的な議論に進めるべきです。
これにより、単純な会計論を超え、「持続可能なビジネスモデルと財務評価のミスマッチ」 というより深い問題提起が可能になります。
再製造された工作機械が実際には新品同様の機能を有していても、帳簿上は「償却済みの無価値な資産」として記録され、結果的に企業の資産価値や収益力を過小に評価することにつながる。
に対して
資産価値は軽い方が財務的な評価は上がります。
という指摘がありますが
ご指摘の「資産価値が軽い方が財務指標上有利」という観点は、確かに従来の財務分析の枠組みにおいては正しい指摘です。しかし、現代の経営環境においては、この考え方には3つの重要な視点が欠けていると考えます:
ESG時代の新しい企業評価基準
近年、投資家は単純なROEやROAだけでなく、サステナビリティや資源効率性を重視
例えば、PwCの調査では、ESG要素を考慮した企業評価が2026年までに主流になると予測
再製造資産の適正評価は、企業の循環型経済へのコミットメントを可視化する重要な指標
無形資産時代のバランスシートの限界
現代経済では企業価値の80%以上が無形資産と言われる中、有形固定資産のみに焦点を当てた評価は時代遅れ
再製造能力や技術ノウハウといった「隠れた資産」を適切に評価する新しい会計フレームワークが必要
長期的なコスト優位性の源泉
再製造資産は短期的には資産価値が低く見えるが、長期的には:
新規設備投資の削減
資源価格変動リスクの低減
顧客ロイヤルティ向上
といった戦略的優位性を生みます
重要なのは、従来の「資産軽量化=優良」という単純な図式が、循環型経済の文脈では必ずしも当てはまらない点です。むしろ、適正な資産評価を通じて、企業の持続可能な競争優位性を適切に開示することが、現代の企業には求められています。