日本伝統美の漆ブラック、そこに科学の光を当てたNECの技術者たちは、それを環境にやさしいセルロース系バイオプラスチックで実現する技術の課題に取り組みました。
漆器では基材の上に漆を塗布しますが、バイオプラスチックはセルロース樹脂で基材も一体化することができます。漆の科学を活かすためにセルロース樹脂に調色用の添加成分を加えていきます。それがどこまで漆ブラックに近づけるかが問題です。
微粒子は鉄粉ではなく10nm程度の炭素微粒子が選ばれました。それもごろっとした粒子を用いるのではなく。数十個の微粒子が集まった複合粒子とよばれる特殊な微粒子で、しかもその一部がセルロースの繊維とまとわりやすいように水酸基やカーボニル基などのアンカー物質をつけました。それにより黒色の明度がどんどん低くでき、ついには漆の漆ブラックとほぼ同じような明度にまで落とせるようになったのです。
光沢もセルロース樹脂のままでは漆が100だと70程度しかありません。そこに芳香環成分の適切な添加剤を添加していくことで光沢度を高めていくことができてきました。
明度は低く光沢度は高く、というのは天然物質ではできても、技術にとっては相矛盾するトレードオフです。NECの技術者はこのトレードオフを解決する添加剤や添加・混合の方法を見出していきました。こうして見出された添加剤だけでなく、成型するときの金型の鏡面仕上げや、成形条件、さらにはセルロース樹脂自体の色調も影響することをつきとめ、最高の漆器に近づいていきます。
最高の漆に接近するには色調の問題も重要でした。最高の漆は完全な黒ではなく極低の明度とわずかな彩度、特有のRBG(赤青緑)バランスを持っています。漆ブラック調バイオプラスチックもそれを目指していきました。
形あるものは必ず壊れモノの表面は必ず劣化します。せっかくの低明度や優れた光沢性、色調も表面の劣化で損なわれたら使い物になりません。そのために表面の性状を損なわない耐久性が求められます。試験の方法はガーゼで何度もこすって光沢がどのくらい保持できているかをチェックします。最初はアクリルやABS樹脂よりちょっと優れるぐらいでしたが、技術開発の結果エンジニアリング・プラスチックでトップクラスの耐久性をもつポリカーボネートに勝るとも劣らない耐久性を得ることができました。ちなみにアクリルは水族館の大型水槽に使われ、ABS樹脂は普及型のスーツケース、ポリカーボネートは高性能のスーツケースに使われています。
そして、この性能は天然の漆では達成できなかった耐傷性をもったことも意味しています。
この光沢性と耐傷性の両立にも新しいテクノロジーが入っています。耐傷性をもたせる方法には三つあります。ひとつは表面に塗装を施すこと、二つ目は表面に硬い成分を分散させ傷がつかないようにすること、そして三つめは逆に柔らかい摩擦低減物質を配置してハンドクリームのように表面を守ることです。このうち前の二つでは光沢性や色調などの光学特性が変化してしまいます。NECの技術者は三番目の摩擦低減技術を採用して光学特性を保持しながら耐傷性をつけたのです。
しかもハンドクリームとちがってそのつど塗るわけにはいきません。そのために摩擦低減の添加物を内部に分散させ必要に応じて表面で摩擦を減らせる、そのような機能を持たせたのです。こすっても傷まない漆器調プラスチックの誕生です。
漆ブラックにはだいぶ近づけました。漆器にはさらに蒔絵という高級技術があります。NECの技術者たちはそれにも挑みます。最高の漆器の立体感のある蒔絵の再現は単なる印刷技術では不可能です。金色の表現のための特殊な金属粉の開発から始まり、立体感をだすための厚塗りを可能にするインク組成や印刷条件が検討されました。
こうして最高級の蒔絵をほぼ再現できる蒔絵調印刷漆ブラック調バイオプラスチックが完成したのです。