陶器が英語でchinaなら漆器はjapan。日本が世界に誇る伝統工芸が漆器・蒔絵です。NECの技術者たちはその漆器のもつ漆ブラックをプラスチック、それも環境に優しいバイオプラスチックで実現できないものかと考えました。

世の中には漆調のプラスチックはそれなりに出回っています。でも何か違います。ECの技術者はそれでは満足しませんでした。そこで彼らが門を叩いたのは日本を代表する漆芸家の下出祐太郎氏のもとでした。下出氏は日展連続入賞など数々の賞を受賞され、京都迎賓館の蒔絵の制作や、安土桃山時代の高台寺蒔絵の復元作業をなさるなど、まさに我が国のいや国際的な漆芸家です。
もしかしたら、「プラスチックのようなまがい物で漆の芸術は表現できない」などと叱られ追い返されるのではないかと恐る恐る門を叩いたそうですが、下出氏は快く技術者たちを迎え入れて下さりました。

技術者たちが下出氏にお願いしたのは、まず最高の漆ブラックを制作してほしいということでした。極めて低い明度の漆黒、鏡のような高い光沢、それに漆の持つ暖かさ、それらを科学で表現しようというのでした。まず漆がなぜ素晴らしいのか、それを知らないと漆に近づいた製品を作ることは到底できません。

ここでちょっと解説を、そもそも漆とはウルシオールと呼ばれるフェノール系の化合物を主体とする複合物です。天然の漆は、ウルシオールに水分や糖質、タンパク質が含まれています。その天然の漆を精製し鉄粉などの添加物をいれてウルシオール鉄主体の成分にして塗布・硬化・表面研磨を何度も繰り返します。そうして初めて漆の素晴らしい漆黒が生み出されるわけです。

最高の漆黒を同じく光沢度の高いセルロース樹脂をきわめて凸凹のない鏡面金型で仕上げたものと比較しましたが、蛍光灯を移してみるとその差は歴然、セルロース樹脂ではどしても光の揺らぎが大きくなってしまいます。

表面の平滑度を測ってみますと、なんと手で何度も塗布・硬化・表面研磨を繰り返した漆器の平均凸凹は10nm程度、鏡面金型をつかったセルロースの20mの半分なのです。

さらに断面をよく観察すると、漆器には直径1から5μm程度の球形の粒子や空隙が多数認められました。分析をすすめると。粒子は水+多糖類・タンパク質で、空隙はそれが抜けたものでした。

どうもみの粒子と空隙が漆ブラックに大きく関係している。技術者たちはそう考えました。
いよいよそれをバイオプラスチックでどう実現していくか。また、あらたな挑戦が始まります。